第104回全国高校サッカー選手権大会で、今「茨城旋風」の中心にいるのが鹿島学園高校サッカー部です。そんな同校の初の決勝進出という快挙を支えるのは、鈴木雅人監督の「粘り」の指導哲学です。
鈴木監督の教え子にはなんと海外でも大活躍中の日本代表FWの上田綺世選手がおり、その才能を開花させた手腕は広く評価されています。
この記事では、鈴木監督が「粘り」の信念でいかにエリートではないチームを全国トップレベルに押し上げたのか。
鈴木監督の経歴や、「茨城旋風」「上田綺世」というワードが注目されるほどの鹿島学園の躍進について迫っていきます。
ぜひ最後までご覧ください
鹿島学園サッカー、鈴木雅人監督の粘りの経歴。
鹿島学園サッカー、鈴木雅人監督の粘りの経歴とは
鹿島学園サッカー部を初の選手権決勝に導いた鈴木雅人監督。その指導哲学の根幹にある「粘り」は、鈴木監督のキャリア全体を貫くキーワードです。そんな鈴木監督の粘りの経歴について3つの時期に分けて振り返ります。
選手時代(高校・大学):理論と実践で磨いた「粘り」の土台
鈴木雅人監督の指導の根底にある「粘り」の精神は、鈴木監督自身の選手時代の経験と、大学での深い学びから形作られました。
✅帝京第三高校時代(山梨):強豪校で培った勝負根性
鈴木監督は、山梨県の強豪・帝京第三高等学校サッカー部でプレーしました。厳しい競争環境の中で、「いかに格上の相手に食らいつき、勝利を掴み取るか」という勝負の鉄則を叩き込まれました。この時期に培った折れない心と、現場での泥臭い経験が、後の「粘り」のサッカーの原点となっています。
✅東海大学時代:コーチング理論による「言語化」と「戦略」
大学は東海大学へ進学。ここで鈴木監督は選手として活動する傍ら、コーチング理論を専門的に学びます。
単なる根性論ではなく、「なぜこの動きが必要なのか」「どうすれば選手の能力を最大化できるのか」を理論的に整理する力を養いました。
この時学んだコーチングの知見が、後に鹿島学園で「ロングスロー」や「セットプレー」などの効率的な戦術を論理的にチームに落とし込む力となり、現在の「粘り強い」チーム作りを支えています。
✅理論裏打ちされた「粘り」の指導
エリート街道の華やかさだけではなく、大学で学んだ「理論」と高校時代に培った「根性」を融合させたこと。それこそが、鈴木監督独自の指導スタイルです。
「才能に恵まれていなくても、正しい理論を持って粘り強く戦えば道は開ける」。
大学時代の学びがあったからこそ、鈴木監督は選手たちに自信を持って「粘れ」と説き、上田綺世選手のような世界レベルの選手をも納得させる指導ができるのです。
2. 指導者時代・初期:保健体育教員から始まった「常勝軍団」への挑戦
大学でコーチング理論を修めた鈴木雅人監督が、次なる舞台として選んだのが茨城県の鹿島学園高等学校でした。ここから、鈴木監督の「粘り」の指導者人生が本格的に幕を開けます。
✅保健体育科教員として現場に立つ
鈴木監督は、まず保健体育科の教員として赴任しました。教室では生徒一人ひとりと向き合い、グラウンドではサッカー部の監督として指導をスタート。理論と情熱を併せ持つ鈴木監督の指導は、着実にチームの土台を作り上げていきました。
✅就任から数年で開花した「茨城制覇」
鈴木監督の指導が最初の大きな実を結んだのは、2004年11月のことでした。
激戦の茨城県大会を勝ち抜き、悲願の初優勝を達成。第83回全国高等学校サッカー選手権大会への切符を掴み取りました。
当時の茨城サッカー界に「鹿島学園あり」と知らしめた歴史的な瞬間でした
✅3年連続出場と「鹿嶋スポーツ功労賞」の受賞
鈴木監督の快進撃は一過性のものではありませんでした。その後、第85回大会まで3大会連続で全国選手権出場へと導き、鹿島学園を茨城の「古豪」から「常勝軍団」へと変貌させました。
この卓越した功績が認められ、2007年には「鹿嶋スポーツ功労賞」を受賞。名実ともに地域を代表する指導者としての地位を確立したのです。
監督時代・現在(2001年〜):哲学の結実と全国への飛躍
2001年に若くして鹿島学園の監督に就任してから、四半世紀。鈴木雅人監督が歩んできた道は、まさに「粘り」を形にするための果てしない挑戦の連続でした。
✅25年にわたる長期政権と「粘り」の浸透
鈴木監督は2001年の就任以来、一貫してチームの指揮を執り続けてきました。2004年の選手権初出場を皮切りに、茨城の頂点を何度も極めながらも、全国の舞台では苦い経験も味わいました。しかし、鈴木監督は決してスタイルを曲げず、年を追うごとにその戦術と哲学を深めていきました。
✅ビジャレアル提携と「ハイブリッド戦術」の確立
監督としての転換点の一つは、スペインの強豪ビジャレアルCFとの提携です。本場の育成メソッドを取り入れながらも、日本独自の、そして鹿島学園独自の「粘り強く、隙のない戦い方」を融合させました。
理想を追い求めるだけでなく、ロングスローやセットプレーといった「確実に得点を狙える武器」を徹底して磨き上げる、現実的かつ知略に満ちた指導スタイルを確立したのです。
✅2026年、ついに掴んだ歴史的快挙
そして2026年1月、第104回全国高校サッカー選手権大会において、これまでの集大成ともいえる快進撃を見せます。
「茨城旋風」という大きな期待とプレッシャーの中、教え子である上田綺世選手の活躍にも刺激を受けながら、チームは初の決勝進出を達成しました。
また第104回大会では、鈴木監督の代名詞とも言える「粘り」という言葉。試合後のインタビューで「粘って、粘って、粘って……」と繰り返す姿は、多くのファンの心を打っています。
鈴木雅人監督の経歴プロフィール
| 項目 | 詳細 | 補足・備考 |
|---|---|---|
| 氏名 | 鈴木 雅人(すずき まさと) | |
| 誕生日 | 5月9日生まれ | |
| 出身地 | 東京都八王子市 | |
| 現職 | 鹿島学園高等学校 サッカー部 監督 | |
| 選手経歴(高校) | 帝京第三高校 | |
| 選手経歴(大学) | 東海大学 | コーチング理論を学ぶ |
| 指導経歴 | 鹿島学園高等学校 コーチ・副監督 歴任 | 大学卒業後、鹿島学園一筋で指導 |
| 監督就任 | 2001年頃 | |
| 主な実績 | 全国高校サッカー選手権大会 常連校化 | |
| 主な実績 | 第104回選手権大会で初の決勝進出 | 2026年1月の快挙 |
| 育成選手(代表例) | 上田 綺世 選手 | 現・日本代表FW(フェイエノールト所属) |
| 指導スタイル | 理想と現実を織り交ぜた「粘り強い」戦略 | セットプレーやロングスローも重視 |
茨城旋風と上田綺世が話題の理由。
鹿島学園の躍進で「茨城旋風」というバズワードが誕生
「茨城旋風」という言葉がこれほどまでに説得力を持っているのは、2025年度から2026年にかけて、カテゴリーを問わず茨城県の各チームが「日本一」や「歴史的昇格」といった最高の結果を出し続けているからです。
- J1:鹿島アントラーズの復活優勝
2025年12月、J1リーグ最終節までもつれ込んだ優勝争いを制し、9年ぶり9度目の国内リーグ王者に輝きました。名門の復活は県内のサッカー熱を一気に押し上げました。 - J2:水戸ホーリーホックの「奇跡」のJ1初昇格
同じく2025年11月、水戸ホーリーホックがJ2リーグで初優勝を飾り、念願のJ1初昇格を果たしました。限られた予算の「貧乏球団」が起こした大逆転劇は、県民に大きな勇気を与えています。 - 大学:筑波大学の二冠達成
2026年1月初旬、筑波大学蹴球部が全日本大学サッカー選手権(インカレ)で10回目の優勝を果たし、関東リーグとの「二冠」を達成しました。大学生レベルでも「茨城最強」を証明しています。 - ユース:鹿島アントラーズユースの3冠
高校年代のクラブチームでも、鹿島アントラーズユースが高円宮杯プレミアリーグ、日本クラブユース選手権、Jユースカップをすべて制する「3冠」を達成しました。 - 選手権:鹿島学園の45年ぶり決勝進出
これらの勢いを受け、第104回選手権で鹿島学園が決勝に進出。茨城県勢としては1980年度の古河一高以来、実に45年ぶりの快挙となり、旋風の「総仕上げ」として期待されています。
鹿島学園の躍進で同校OBの上田綺世が話題に
現在、オランダの強豪フェイエノールトで活躍するサッカー日本代表FW上田綺世選手が、国内で特に話題となっています。その理由は主に2つあります。
母校・鹿島学園の選手権決勝進出
最大の理由は、上田選手の母校である鹿島学園高等学校が、第104回全国高校サッカー選手権大会で初の決勝進出という歴史的快挙を達成したことにあります。
全国の注目が母校に集まる中、上田選手が高校時代にどのような選手だったのか、どのように成長したのかにも大きな関心が寄せられています。
特に、恩師である鈴木雅人監督がインタビューで語る「(高校時代)ストイックすぎて、このままでは壊れてしまうのではないかと心配した」といったエピソードや、「綺世のように(プロに)なれる」と現役部員を鼓舞する様子がメディアで頻繁に取り上げられており、改めて「上田綺世の原点」に光が当たっています。
上田綺世選手のコメント
上田選手が公の場やSNS等で広くメッセージを発信したという情報は見当たりませんが、監督に寄せたプライベートな祝福の連絡が明らかになっています。
- 鈴木監督への連絡: 決勝進出が決まった後、上田選手から鈴木監督へ直接、祝福の連絡がありました。
- 鈴木監督の反応: 鈴木監督はメディアの取材に対し、「ありがたい限りです」と語り、教え子からの連絡に感謝の意を示しました。
まとめ
今回は「鹿島学園サッカー、鈴木雅人監督の粘りの経歴。茨城旋風と上田綺世が話題の理由」のテーマでお届けしました。
鈴木監督の長年にわたる「粘り」の指導が、ついに「茨城旋風」という大きな波を生み出し、上田綺世選手というスターの原点としても注目を集める結果となりました。
地道な努力が歴史的快挙へと繋がるストーリーは、私たちに大きな感動を与えてくれます。
決勝戦という夢の舞台で、鹿島学園イレブンがどのような「粘り」を見せてくれるのか注目していきましょう。
最後までご覧下さりありがとうございました
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